大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)442号 判決 1954年2月04日

控訴人 被告人 畠中勗

弁護人 神野栄一

検察官 宮崎与清

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人神野栄一の論旨は同弁護人提出の控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用する。

原判決は昭和二十八年四月二十四日施行の参議院議員選挙に際し全国選出議員候補者として立候補した芳野国雄の選挙運動者であつた被告人は同月七日頃被告人の肩書自宅において右候補者に当選を得しめる目的をもつて居町の選挙人石岡太七、平沢龍作、大塚隆に対し同候補者の投票取纒方等を依頼しその報酬として一人前約金三十円相当の茶菓子を供し、餐応接待したものであるとの事実を判示し同事実を公職選挙法第二百二十一条第一項に問擬し被告人を罰金千円に処したのである。

そこで原判決が右有罪認定の証拠に採用している挙示の証拠の内容を検討し右茶菓子の供せられた事情を観察すると、被告人は小木町全域の有権者をもつて組織せられた芳野国雄後援会の会員として同町橋本旅館に置かれた本部事務所の統轄の下に肩書自宅を自己町内の運動の拠点に当て右候補者を支持し又は推進する町内最寄りの後援会員その他の運動員若しくは有権者らの協議連絡の世話役に任じていたものであるが、判示日時自宅に参集した判示町内有権者らに協議し、各自が県内外に有する知人に対し右候補者の為の推薦状の発送方を求めその席上に煎餅、餅菓子を取交ぜた判示価額相当の茶菓子を鉢に盛つて提出したものであることが認められる。

右事実を単なる理窟をもつて解すれば被告人が右参集者に対し提供した茶菓子は即ち相手方に依頼した推薦状発送の報酬であるということになること原判決の云う通りである。しかし、来客に対し茶菓子を提供することは日本社会一般の風習であつて、世人はこれを一個の礼儀と考えているから、席上に勧められる茶菓子をもつて一般に客の来訪に対して示される主人側の好意の表現と心得るのが普通であり、これを他の何らかの目的又は報酬の趣旨を含むべきものと解すべきことは社会通念上異例のことに属する。

然るに被告人の提供した前記茶菓子はその提供された場所及態様並にその価額等に鑑み、右社会風習上の通念を超えた格別異例のものと認めることができないから、被告人の同行為をもつて、判示報酬の供与と断定する証拠はないものと云わなければならない。弁護人の論旨は理由がある。

そこで原判決は証拠の判断を誤り罪となる事実を誤認した違法があるので刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条但書を適用して原判決を破棄し当裁判所において更に被告事件について判決するに、本件公訴事実は右の理由により犯罪の証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に無罪の言渡をする。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人神野栄一の控訴趣意

原判決は事実の認定を誤り、延いては法律の解釈を誤つた違法がある。

原判決は被告人に対し「………同月七日頃被告人の自宅に於て同候補者に当選を得しめる目的を以て居町住居の選挙人石岡太七、平沢龍作、大塚隆に対し、同候補者に投票取纒方等を依頼し、その報酬として一人前約三十円相当の茶菓子を供し、餐応接待したものである」と公訴事実を認定し公職選挙法第二二一条第一項第一号を適用して、罰金千円に処せられたるが、被告人において、起訴状記載の前記石岡太七、外二名に対して投票取纒方等を依頼して、その報酬として、一人前約三十円の茶菓子の餐応接待した事実はなく、ただ前記日時被告人方へ芳野国雄の後援会員である前記三名の外新谷治、新谷力、梶本伸の各後援会員が集つて後援会の目的を推進するための協議打合をなした際後援会の経費で一人当り三十円に充たない合計二百円の茶菓子を出して、一同と共に食べたことがあるも、被告人において集つた前記後援会員に投票取纒め方を依頼した事実はなく、菓子の量も一人当り三十円に充たない僅かな量のもので決して報酬として、出したものでなく菓子の代金も後に後援会の会計より支払はれたものでこの点原審において強く主張したのに拘らず原判決はこの事実を公職選挙法違反なりとして、同法第二二一条第一項第一号に問擬せられたのは、全く法律の解釈を誤つたものと信ずる。

そこで前記の事実が果して公職選挙法に違反するかどうかについて、先ず芳野国雄の後援会が結成せられるに至つた経過を明かにする必要がある、昭和二十八年四月二十四日行われた参議院議員選挙の約一ケ月前の本年三月初旬被告人等の居住して居た小木町の有志の間に芳野国雄の後援会結成の話が持上り日時の経過と共にその話が具体化し、三月二十九日町民大会を開いて町民に意向をただしたところ集つて居た百数十名の者が全部これに賛同し、爾後挙町一致で芳野国雄を推すことを決議して、後援会の会長に現漁業協同組合長の石岡一雄を推し、その他役員を選任して、ここに正式に後援会が発足するに至つたものである。

右後援会が結成された後、橋本旅館の八畳間二間を借入れて、事務所としたが、何分にも狭くて会員が全部集ることは、事実上、不可能であるのと、又右事務所から一里半もあるところに住んで居る者もあつたため各町内に責任者を定めて、その責任者の家なり、又は適当な場所に集つて協議すること、且つその場合は本部の事務所で協議する場合と同じく、お茶なら番茶、菓子なら煎餅程度のものを出して構はない、その費用は後援会の諸経費として、後援会の会計より支出することを幹部の間で方針を取決めてこれを各町内の責任者に通達したものであることは、原審に於ける証人石岡一雄の調書中の「問、後援会の運動方法について協議は、答、橋本旅館の八畳間二間を借りて、其処を後援会の事務所としましたが、そこに全員が集ることは出来ないし、遠い所は一里半もあるから、各町内に於て、その町内の責任者の家なり適当なところで話をすることに決めたのです。問、会長が右のようなことをきめたのか、答、役員間できめたのです。問、運動するについて、実費を必要とする場合その実費は誰が負担するのか、答、会則には寄附金を以て、これにあてると云うことになつて居りました、問、会計事務の担当者は、答、新村選士にお願してもらいました。問、実際の支出については幹部が新村に指示したのか、答、百円や二百円なら新村個人でも良いのですが多額の場合には、幹部の方から指示したり本人自身も指示を受けていたのです。問、後援会員が運動方法を協議するため、各町内の世話人が会合を開いた時の茶菓子を出すことについて協議したことは、答、本部の事務所の方では、炭もお茶もお菓子もあるのに、町内の方には何も出ない、然も人が集つていると言うのでは気の毒だから実費だけ出すと言うことにしたのです。問、その程度は、答、一番安いお茶なら番茶、菓子なら煎餅と云うことにしたのであります。問、菓子を出して投票依頼や投票取纒方を依頼するのではないのか。答、芳野さんは小木町の出身者であり、当町の八割以上が漁業者であり、その漁業に理解ある前漁業協同組合長が立候補したのですから、その人を当選させることは、小木町のためでもありました、それに煎餅の二三枚食べたから投票するのではなく、如何にしたら当選出来ると云うことを考えて居りました。茶菓子については社会通念上の接待の気持で出したのです(中略)問、後援会で運動員に対して一人当り三十円の茶菓子料を出せると聞いていたか。答、はつきり聞いて居りませんが、この程度なら何処でも出していることだから、当然罪にならないと思つていました」の供述記載によつて、明かであつて、何等後援会としては投票依頼又は取纒の報酬として出したものでないのみならず、健善なる社会常識からも僅か三十円に充たない程度の茶菓子が報酬であるなどとは、到底考えられぬところである。公職選挙法は選挙運動に関する実費の弁償を認めて、同法第百九十七条の二の規定を設け、この規定に基いて、中央選挙管理会が選挙運動に従事する者に対して、弁当料として三百円、茶菓子料として、三十円を実費として支給し得ることを定めて、告示第二号を以て、一般国民に公示して居る現在、後援会の会員が一定の場所に集り、後援会の目的遂行のための協議をなした際、後援会の経費で一人当り三十円の茶菓子を購入して、一同で食べたからとて、直にこれを取上げ、公職選挙法違反なりとして同法第二二一条第一項第一号に問擬して処断するが如きは、全く法律の解釈を誤つたものと云はなければならない。殊に芳野国雄後援会は政治資金規正法の規定に基いて結成され、且つ正規の届出を了して政治活動をなして居たもので前記の費用も後援会の諸経費として、計上し、収支計算を明かにして、選挙管理会に届出て居るにおいておや、原判決はこれ等の点に何等思いを致すことなく、被告人を有罪に処したもので、到底破毀を免れないところであるから、速に破毀し無罪の判決あらん事を求むるものである。

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